一対一で人を動かす
第5話「キーマンへの個別の根回し」/One-on-One — Making It Their Win
この回の状況
会議で通すには、その前にマークを落とすしかない。日本式の根回しは、8秒で見抜かれた。
着任26日目。健司は「オンボーディングの作り直しに4週間ほしい」という提案を木曜の会議に出す。通すにはマークの支持が要る。健司は日本式の根回しをそのまま持ち込み、Are you asking me to agree before I've seen the data? と警戒される。落とし方を変えたのは、相手の得を先に置いた一言だった。
この回の目標木曜の会議の前に、マークの支持を取り付ける前半は失敗、後半で成功(3週間で合意、マークが自ら擁護すると約束)
登場人物
- 健司Kenji Sato主人公。東京から出向したプロジェクトマネージャー(32歳・TOEIC850)
- サラSarah Miller新規事業開発部 部長。健司を引き抜いた人。遠回しな英語の使い手
- マークMark Stevensシニア・プロダクトマーケター。速い議論で場を引っぱる
- エレナElena Rodriguezリード・プロダクトデザイナー。ユーザー視点を最優先する
- プリヤPriya Sharmaカスタマーサクセス・マネージャー。インド出身・在米6年
同じ提案が、8秒で警戒された
- 16
I would appreciate your support very much.
完全にお願いの形。相手にとっての得が一つも入っていないので、判断する材料がない。丁寧であることと、動く理由があることは別物。
- 17
Are you asking me to agree before I've seen the data?
根回しが「先に約束させる行為」に見えた瞬間、相手は警戒する。日本では礼儀にあたる事前の一言が、英語圏では票の先取りとして受け取られる。順番が逆で、先に渡すのは情報と利益、取るのは最後。
- 22
( no answer )
What's in it for me? に答えられなかった。これは準備不足ではなく、そもそも相手の立場から一度も考えていないという事実の露呈。マークの数字が健司の問題で壊れていることは、データにずっと書いてあった。
内容は同じです。違ったのは、誰の得の話から始めたかでした。
この回のキーフレーズ6本
上が健司の英語(文法は正しいのに会議では通らない)、下が同じ場面で通る言い方です。
NGI would appreciate your support very much.
ご支持いただけると大変ありがたいです。
最初から支持を求めている。相手には「見る前に賛成しろ」と聞こえ、警戒される。
OKI wanted to get your read on something before Thursday.
木曜の前に、ご意見を伺いたいことがあって。直訳「木曜の前に、あることについてあなたの読みを取りたかった」
根回しの正しい入り口。求めるのは support ではなく read、つまり意見。相手は評価する側に立てるので、断る理由がない。しかも意見を言ってしまえば、その人はもうその話に関与している。支持は、意見を聞き終えた最後に取る。
言い換え
- Can I get your read on this?
- I want your take before I take it to the room.
- Two minutes — I want to sanity-check something with you.
NGThis project is very important for the company.
このプロジェクトは会社にとって非常に重要です。
会社の得は、目の前の相手の得ではない。大きな主語は誰の行動も変えない。
OKHere's what's in it for your team.
あなたのチームにとっての得は、これです。直訳「あなたのチームにとって、この中に入っているものはこれです」
相手の利益を先に、しかも宣言として置く型。ここで大事なのは主語を your team まで下げること。会社のため、市場のため、では動かない。その人の四半期の数字が、この提案でどう良くなるのかを名指しで言う。マークが動いたのは、彼のダッシュボードの数字が直る、と分かった瞬間だった。
言い換え
- Here's the part that helps you.
- This lands on your number, not just mine.
- There's something in this for your quarter.
NGSo please agree with my proposal.
ですので、私の提案に賛成してください。
命令に近い依頼。判断の余地を残していないので、相手は反発するか黙るしかない。
OKIf we fix screens one through four, your conversion goes up. Does that change things?
1から4画面目を直せば、あなたの転換率が上がります。それで見方は変わりますか?直訳「もし我々がXをすれば、あなたはYを得る。それは物事を変えますか」
条件と見返りをセットで置き、最後に判断を相手へ返す型。Does that change things? が効いていて、これは「賛成しろ」ではなく「あなたの計算は変わりますか」という問い。相手は自分の意思で動いたことになるので、あとで人前でも擁護してくれる。押した相手は守ってくれないが、自分で決めた相手は守ってくれる。
言い換え
- If you get X, is this a different conversation?
- Does that move it for you?
- Would that be worth four weeks to you?
NGPlease do not oppose my proposal in the meeting.
会議では反対しないでください。
反対を封じにいっている。相手は口を塞がれたと感じ、かえって会議で言いたくなる。
OKI'd rather hear your objections now than in the room.
反対があるなら、部屋で聞くより今伺いたいです。直訳「部屋の中でよりも、今あなたの反対を聞きたい」
反対を先に全部吐き出させる型。封じるのではなく、場所を移す。ここで出た反対はこちらの準備材料になり、会議での不意打ちが消える。しかも「あなたの反対には価値がある」というメッセージになるので、相手の態度が軟化する。根回しの目的は賛成を取ることではなく、意外性を消すこと。
言い換え
- Tell me where this breaks.
- What would make you say no?
- Poke holes in it now, please.
NGPlease tell me your conditions.
条件を教えてください。
条件、と言うと交渉の駆け引きになる。相手は高く吹っかける側に回ってしまう。
OKWhere would you need to see movement?
どこが動けば、受け入れられますか?直訳「どこに動きが見えれば良いですか」
譲歩の中身を、こちらから出さずに相手に言わせる型。先に譲ると、その譲歩が出発点になってさらに削られる。movement という柔らかい言葉を使うことで、要求ではなく調整の相談になる。マークが自分から「3週間、4画面目はそのまま」と出したから、健司はそれ以上削られずに済んだ。
言い換え
- What would you need to be comfortable?
- What's the version of this you could live with?
- Where's your line?
NGThank you very much. I will send you the materials.
ありがとうございました。資料をお送りします。
約束を取らずに終わっている。会議の当日、相手は黙っているだけかもしれない。
OKCan I count on you in Thursday's meeting?
木曜の会議で、力を貸していただけますか?直訳「木曜の会議であなたを当てにしていいですか」
最後に約束を取る一言。ここを言わない根回しは、ただの説明で終わる。count on you は「当てにする」で、賛成よりも一歩踏み込んだ関与を求める形。この一言があったから、マークは「デビッドには俺の口から言う」とまで言った。黙っている賛成者と、声に出す賛成者は、会議での価値がまったく違う。
言い換え
- Will you say that in the room?
- Can I say you're on board?
- Can I put your name on this?
発音のポイント get your
/get jɔː/ → /getʃɚ/ゲッチャ
I wanted to get your read on something.アイワネットゥ・ゲッチャ・リード・オンサムシン
- t と y が混ざる:get の t と your の y がぶつかると /tʃ/、つまり「チャ」の音に変わる
- 同じことが多発する:would you はウッジュ、don't you はドンチュ、let you はレッチュ
- wanted to は「ワネットゥ」:d が落ちて、to は弱まる
「ゲット・ユア」を探しているかぎり、根回しの入り口は聞こえません。
本編スクリプト(全48発言)
英語を読んでから和訳で確認してください。印は KEY=覚える表現、NG=文法は正しいのに通らない英語、 SOFT=本音を包んだ遠回しの言い方です。
場面1 部屋に入る前に勝てサラのデスク / 9:30 AM
I want to ask for four weeks to rebuild onboarding. Screens one through four.
オンボーディングの作り直しに4週間ください、と提案したいと思っています。1画面目から4画面目まで。
Elena's data?
エレナのデータで?
Elena's data and eleven recordings. Sixty-one percent drop off before screen three.
エレナのデータと録画11本です。3画面目の手前で61%が離脱しています。
That's a real number. You'll lose anyway.
本物の数字ね。でも負けるわよ。
Why?
なぜですか。
Because four weeks of engineering is four weeks Mark doesn't get for the launch page. He'll kill it in ninety seconds.
開発4週間は、マークがローンチページに使えない4週間だから。90秒で潰されるわ。
提案は必ず誰かの取り分を削る。そこを先に見る
Then I will explain the data more carefully in the meeting.
では会議で、もっと丁寧にデータを説明します。
No. Don't lose the room. Win it before you walk in.
違う。部屋で負けないで。入る前に勝ちなさい。
会議は決着の場ではない。確認の場にしておく
You mean nemawashi. In Japan we do this. I know how to do this.
根回しですね。日本でもやります。やり方は知っています。
Do you.
そう。
疑問符が無い。本音は「その自信が危ない」
Here it's the same idea and the opposite method. You're not asking for a favor. You're offering a trade.
ここでは考え方は同じで、やり方は逆。お願いをするんじゃない。取引を持ちかけるの。
A trade.
取引。
Go find out what Mark is losing sleep over. Then come back.
マークが今いちばん困っていることを調べてきて。話はそれから。
場面2 8秒で見抜かれる1階 コーヒースタンド / 2:10 PM
Mark. Do you have two minutes?
マーク。2分だけいいですか?
You've got until this coffee is done.
このコーヒーが終わるまでな。
On Thursday I will propose four weeks for onboarding. I would appreciate your support very much.
木曜にオンボーディングの4週間を提案します。ご支持いただけると大変ありがたいです。
お願いの形。相手に得が一つも無いので、判断材料がない
...Are you asking me to agree before I've seen the data?
……データを見る前に賛成しろって言ってるのか?
根回しが「先に約束させる行為」に見えた瞬間、警戒される
No. I mean, I will send the data. I only wanted to inform you in advance.
いえ。データはお送りします。事前にお伝えしておきたかっただけで。
Then inform me. Don't pre-book my vote.
なら伝えろ。俺の票を先に押さえようとするな。
票を先に取りにいくのは、英語圏では礼儀ではなく圧力
...I understand. I am sorry.
……わかりました。すみません。
Don't be sorry. Be useful. What's in it for me?
謝るな。役に立て。俺の得は何だ?
(健司はその質問に、何も答えられなかった)
相手の得を一度も考えずに、支持だけを求めていた
He said no?
断られた?
He asked what is in it for him. I had nothing.
彼の得は何だと聞かれました。何も持っていませんでした。
Do you know what he's actually dealing with right now?
彼が今、実際に何を抱えてるか知ってる?
The launch page.
ローンチページです。
The launch page that sends traffic into a funnel where sixty-one percent quit. His conversion number.
そのローンチページが流し込む先が、61%が離脱するファネル。彼の数字よ。
...His number is broken by my problem.
……彼の数字は、私の問題で壊れている。
Your four weeks fixes his quarter. Nobody told him that. You didn't tell him that.
あなたの4週間が、彼の四半期を直す。誰もそれを言ってない。あなたも言わなかった。
I asked him to help me. I should have shown him what he gets.
助けてくださいと頼みました。彼の得るものを見せるべきでした。
場面3 渡し方を変える1階 コーヒースタンド / 4:45 PM
Mark. I wanted to get your read on something before Thursday.
マーク。木曜の前に、ご意見を伺いたいことがあって。
支持ではなく意見を求める形。根回しの正しい入り口
My read. Not my vote.
意見な。票じゃなくて。
Your read. If it's bad I'd rather hear it now than in the room.
ご意見です。よくない話なら、部屋で聞くより今聞きたいです。
(pause) Okay. That's a better sentence. Go.
(間)いいだろう。さっきよりいい言い方だ。話せ。
反対を先に吐き出させる。これで会議での不意打ちが消える
Here's what's in it for your team. Your launch page sends traffic into a funnel that loses sixty-one percent before screen three.
あなたのチームの得はこれです。ローンチページが流す先のファネルは、3画面目の手前で61%を失っています。
相手の利益を先に、はっきり宣言する
I know that number. It's on my dashboard every morning.
その数字は知ってる。毎朝ダッシュボードで見てる。
If we fix screens one through four, your conversion goes up without you touching the page. Does that change things?
1から4画面目を直せば、ページに手を入れずにあなたの転換率が上がります。それで見方は変わりますか?
条件と見返りをセットにして、判断を相手に返す
...It changes things. Four weeks is still four weeks.
……変わるな。ただ4週間は4週間だ。
Where would you need to see movement?
どこが動けば、受け入れられますか?
譲歩の条件を、相手の口から言わせる
Three weeks, and screen four stays as-is. I need one engineer back by the fifteenth.
3週間、それと4画面目はそのまま。15日までにエンジニアを1人返してくれ。
Three weeks, screen four untouched, one engineer back on the fifteenth. I can do that.
3週間、4画面目は触らず、15日にエンジニアを1人返す。それでいきます。
Then I'm not against it.
なら反対はしない。
Can I count on you in Thursday's meeting?
木曜の会議で、力を貸していただけますか?
最後に約束を取る。ここを言わないと根回しは無効
...Yeah. I'll say it out loud so David hears it from me, not you.
……ああ。デビッドには俺の口から言ってやる。お前からじゃなく。
Thank you.
ありがとうございます。
Kenji. Four hours ago you asked me for a favor. Just now you handed me a win. Same four weeks.
健司。4時間前、お前は俺に頼み事をした。今、お前は俺に得を渡した。同じ4週間だぞ。
That's the whole thing. In this building, you don't ask people to help you. You show them how helping you helps them.
それが全部よ。このビルでは、助けてくださいとは言わない。助けることがどう自分の得になるかを見せるの。
根回しは頼むことではなく、相手の得を設計すること
Sixty-four days left. Go win Thursday.
残り64日。木曜、取ってきなさい。
練習
まずはキーフレーズ6本を、声に出して2回ずつ。息継ぎなしで言い切れるまで繰り返します。
口の形アイワネットゥ・ゲッチャ・リード
ロールプレイ
状況を読んで、自分の英語を口に出してから答えを見てください。
場面1来週の会議で通したい提案がある。キーマンを廊下でつかまえた。最初の一言。キーフレーズ1
I wanted to get your read on something before Thursday.
木曜の前に、ご意見を伺いたいことがあって。
場面2相手が「自分に何の関係が?」という顔をしている。得を提示したい。キーフレーズ2
Here's what's in it for your team. Your conversion goes up without you touching the page.
あなたのチームの得はこれです。ページに触らずに転換率が上がります。
場面3合意ができた。その場を離れる前に、会議での約束を取りたい。キーフレーズ6
Can I count on you in Thursday's meeting?
木曜の会議で、力を貸していただけますか?